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経済学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
概要 [編集]
経済学の最も古い定義は、アダム・スミスの『諸国民の富の性質と原因の研究』によるものである。
政治家や議員にとっての科学分野と看做されている経済学は、2つのちがったものを提示する。一つは、人々に豊富な利益ないしは製品を供給し、更には利益や必需品がキチンと人々に益を齎すようにする方法を。あと一つは、そうした収益を国ないしは社会にサービスとして提供し、結果として人々と統治者を豊かにする手立てである。
一番有名で多くの人々に支持されている定義は、ライオネル・ロビンズが1932年に『経済学の本質と意義』で最初に問題提起したものだと言われている。
他の用途を持つ希少性ある経済資源と目的について人間の行動を研究する科学が、経済学である。
言い換えるなら、希少性のある資源を如何に効率的・合理的に配分するかを扱い、其処へは道徳や価値判断は一切入らないというのがロビンズの論旨である。しかし、こうした定義にはケインズやコースらからの批判もある。経済問題は性質上、価値判断や道徳・心理といった概念と分離する事は不可能であり、経済学は本質的に価値判断を伴う倫理学であって、科学ではないというものである。
一方でとりわけゲーム理論の経済学への浸透を受けて、経済学の定義は変化しつつある。例えばノーベル賞受賞者ロジャー・マイヤーソンは、今日の経済学者は自らの研究分野を以前より広く全ての社会的な制度における個人のインセンティヴの分析と定義できると述べている。[1]このように現在では、資本主義・貨幣経済における人や組織の行動を研究するものが中心となっている。広義においては、交換、取引、贈与や負債など必ずしも貨幣を媒介としない、価値をめぐる人間関係や社会の諸側面を研究する。このような分野は人類学(経済人類学)、社会学(交換理論)、政治学(公共選択論・合理的選択理論)、心理学(行動経済学)と隣接する学際領域である。また労働、貨幣、贈与などはしばしば哲学・思想的考察の対象となっている。但し、経済システムの働きに深く関わる部分については経済思想と呼ばれ、経済学の一分野として考えられることも多い。
特徴 [編集]
科学性 [編集]
自然科学に比べ不確定要素の大きい人間が深く関わる物が研究対象である性質上、数理的理論・実験が困難な分野が多い人文科学・社会科学の中において、特に積極的な数理的検証を試みている事が挙げられる。そうした性質から、経済学は物理学が「自然科学の王」と呼ばれているのに対し社会科学の女王と呼ばれている。また経済学においては、現実の経済現象の観察、モデル構築、検証という一連の循環的プロセスによる研究方法が確立しているため、分野によっては非常に科学的な学問と言える。
数理的理論・理論 [編集]
解析・代数・ゲーム理論を多用し古典力学の影響を色濃く受けている。現代になるまでは統計データが扱い難く実証が困難であり、このため経済学では数学を多用した論理的積み上げが大きく発展した。現在の経済学が使う数学のレベルは極めて高く、物理学者マレー・ゲルマンをして「彼らの数学的教養には舌を巻いた」と言わしめた。その数学的親和性の高さから確率微分方程式など数学におけるブレイクスルーが経済学に大きく影響を与えることもある。そのためフォン・ノイマンやジョン・ナッシュなどの数学者や理論物理学者による経済学での貢献、クープマンスやマイロン・ショールズなど数学畑、物理畑、工学畑出身の経済学者は珍しくない。
実験・実証 [編集]
統計学において経済関連の統計が主流分野として立脚していること、統計学者や経済学者と統計学者を兼ねる者が両分野の発展に大きく貢献してきたことを知れば一見なように、古くから社会全体を実験室に見立てて統計学を使い裏付ける方法が経済学において多用され影響を与えてきた。実証の現代の新潮流にはダニエル・カーネマン、エイモス・トベルスキー、バーノン・スミスなど心理学、認知科学(認知心理学)の流れをくみ行動実験を用いて消費者行動を裏付ける方法が強力な道具として提供され急成長している。この流れから行動経済学、神経経済学という分野も心理学者と心理学的素養を持つ経済学者によって生み出されている。
政策 [編集]
経済学は、その誕生・分析対象が社会政治経済問題と不可分であったことから政策への提言として社会へ関わる機会が非常に多い。19世紀以降は、社会的な判断において経済学が不可欠となった。社会問題を対象としている性質からか、社会的不幸を予測する理論も多々生まれ「陰鬱な学問」とも呼ばれた。先駆的政策(事実上の実験)の過程と結果から新たな学問的問題を提起したソビエト連邦による社会主義建設は失敗し「壮大な社会実験」として総括されているが、この社会主義的政策が、第二次世界大戦後日本で採られた傾斜生産方式のように社会に有益な影響を与えたのも事実である。ちなみに近代経済学では傾斜生産方式の有用性について疑問符を投げかけている。マルクス主義経済学と対照をなす古典派経済学はイギリス帝国や20世紀初頭のアメリカの繁栄などで実証されたかにみえたが、世界恐慌や植民地帝国の解体によって軌道修正をよぎなくされる場面もあった。理論と結果への当てはめという試行錯誤が長く繰り返される中で経済学は発展し近代経済学の成立とあいなった、現代では一般的に経済学=近代経済学とされる。だが近代経済学もまだまだ問題が山積しているのは明白である。
1980年代からゲーム理論が積極的に取り入られるようになり、特にメカニズム・デザインと呼ばれる分野における成果はめざましい。具体的には、周波数オークションの設計、電力市場の制度設計、教育バウチャー制度の設計、臓器移植の配分問題の解決といったものが挙げられる。これらはいずれも経済学なくして解決できなかった問題であり、さらに経済学が現実の制度設計において非常に重要な役割を果たしていることの好例である。
経済学の対象 [編集]
有限な事物の分配・生産が対象であり人間が知覚できる有限性がなければ対象とはならない。例えば宇宙空間は未だに対象ではないが、東京に供給されるビル空間の量は対象である。その他にも人間行動の心理的要素や制度的側面も重要な研究対象である。また事実解明的分析と規範的分析に分けられる。前者は理論的に説明・判断できる分析であり、後者は価値判断や政策決定に使われる分析である。例えば「財政支出を増やすと失業が減少する」は真偽が判明する分析であるが、「財政支出を増やして失業が減少したほうが良い」は価値判断が絡む分析である。
歴史 [編集]
経済学は法学、数学、哲学などと比べて比較的新しい学問である。近世欧州列強の著しい経済発展と共に誕生し、その後資本主義経済がもたらしたさまざまな経済現象や経済システムについての研究を積み重ね、現代に至る。
重商主義学説 [編集]
経済についての研究の始まりはトーマス・マン(1571~1641)によって書かれた『外国貿易によるイングランドの財宝』や、ウィリアム・ペティ(1623~1687)の『租税貢納論』、バーナード・マンデヴィル(1670~1733)の『蜂の寓話』、ダニエル・デフォー(1660~1731)の『イギリス経済の構図』、デイヴィッド・ヒューム(1711~1776)の『政治論集』などに見られるような重商主義の学説である。この時代には欧州列強が海外植民地を獲得し、貿易を進めて急速に経済システムを発展させていた。
重農主義学説 [編集]
1758年にフランスの重農主義の学派フランソワ・ケネー(1694~1774)が『経済表』を書き、国民経済の再生産システムを解明して、経済学の体系化の発端となった。
イギリス古典派経済学 [編集]
1776年にアダム・スミスにより資本主義工場生産について論じた『国富論』 (The Wealth of Nations)が書かれ、これが現在の理論化された経済学の直系で最古の理論に当たる。そのためスミスは経済学の父と呼ばれている。経済学では一般的に『国富論』を持って始まりとされる。またデイヴィッド・リカード(1772~1823)の『経済学および課税の原理』、マルサス(1766~1834)の『人口論』や『経済学原理』、ジョン・スチュアート・ミル(1806~1873)の『政治経済学原理』などがスミスに続いて英国古典派経済学の基礎を築いていった。
経済学の分裂 [編集]
しかし発展過程で大きく経済学は二系統に分かれていく。すなわち「資本主義経済の現象を数値化して分析する」という潮流を受け継いだ、当時イギリスやオーストリアなどで登場した「限界効用」学派を中心とした近代経済学、そして「資本主義の本質を労働価値説に基づいて分析する」という潮流を受け継いだマルクス経済学(政治経済学)である。この二派の系統は、思想的立場、分析手法、理論形態の違いにより対立的な関係のまま発展を続けることとなる。
近代経済学 [編集]
近代経済学はその後、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(1798~1855)の『経済学の数学的一般理論の考察』や『経済学の理論』、レオン・ワルラス(1834~1910)の『純粋経済学要論』や『応用経済学研究』、カール・メンガー(1840~1910)の『国民経済原理』や『社会科学特に経済学の方法に関する研究』、アルフレッド・マーシャル(1843~1924)の『外国貿易と国内価値との純粋理論』や『経済学原理』、ジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』、ヨーゼフ・シュンペーターの『理論経済学の本質と主要内容』や『経済発展の理論』、などの研究を通じて発展していくこととなる。
マルクス経済学 [編集]
一方マルクス経済学はまずカール・マルクスの『資本論』や『剰余価値学説史』などを通じて英国古典派経済学の労働価値説を継承しつつ新たに価値論や剰余価値論を体系化して、その上で資本の種類を分類して単純再生産や拡大再生産などの資本の運動法則を解明した。このことによって資本主義経済の全体構造の把握を目指した。さらにマルクス経済学はフリードリヒ・エンゲルスの『国民経済学批判要綱』や『反デューリング論』、カール・カウツキー(1854~1938)の『カール・マルクスの経済学説』や『エルフルト要領解説』、ルドルフ・ヒルファーディング(1877~1941)の『金融資本論』、ローザ・ルクセンブルク(1870~1919)の『資本蓄積論』、レーニンの『ロシアにおける資本主義の発達』や『帝国主義論』、などの研究を通じて発展していく。
現代 [編集]
近代経済学とマルクス経済学は「冷戦」という現実政治の影響もあったため、長期間にわたって対立してきた。ソ連崩壊・冷戦終了時には、マルクス経済学に対する否定的研究が数多く行われ、非数理的・訓古主義的な性質が批判された。今日では、資本主義社会における「市場」というメカニズムに基礎を置く近代経済学が中心となり、「社会主義」を建前としている中華人民共和国やベトナム等でも近代経済学の研究が行われている状態である。
ただし、マルクス経済学が全否定されたわけではなく、一部は近代経済学に取り入れられている。また、アメリカを中心とした西側資本主義国で発展させられてきた近代経済学は、非歴史的・非文化的で数理モデル一辺倒な性質をマルクス経済学者やポストケインジアン等に指摘され、現在においては両者を学ぶことが求められているという声も存在する。なお、「環境破壊は現行経済制度の失敗である」として、マルクス経済学を基礎とした新しい経済制度を模索する環境経済学も登場しているが、経済学の正統な領域としては認められていない。
論争 [編集]
経済学は存在自体が社会・政治・経済・政策と不可分であるため、学術的な論争や政策的な論争など数多の論争を生み出し消化してきた。それによって経済学徒は他学徒に「傲慢である」と印象を与えてしまうほど非常に攻撃的な知的スタイルを形成している。論争は経済学にとって理論を洗練させブレイクスルーを起こす役割を担ってきた。このように経済学と論争は切り離すことはできない。ここでは経済学において歴史的に重要な意味を持った論争を取り上げる。
- 日本における論争
脚注欄 [編集]
- ^ Myreson, R. B. 1999 Nash Equilibrium and the History of Economic Theory. Journal of Economic Literature, 37, no. 3, pp. 1067-1082